大友博の音楽旅コラム LONESOME HIGHWAY
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VOL.1 GREETINGS FROM THE OLD HIGHWAY
ルート66~4000キロの旧道を行く旅~
VOL.2 NEW YORK STATE OF MIND
予期せぬことが起きる街、ニューヨークでの出来事
VOL.3 LA GETAWAY
天気や気分に合わせて走るLA
VOL.4 LONDON CALLING.
渡英を重ねて知る、英国の魅力
VOL.5 SO PUT ME ON A HIGHWAY AND SHOW ME A SIGN.
「ハイウェイ」という言葉の意味
VOL.6 DRIVING HIGHWAY 101 ; FROM LA TO SF.
マンドリンの音と気ままな旅
VOL.7 I HEARD “FUNA-UTA” IN PORTUGAL.
ファドとナザレの女性
VOL.8 NEIL YOUNG ; ROCKIN' IN THE FREE WORLD
MUSICARES アニュアル・パーティー
VOL.9 INTO THE GREAT WIDE OPEN
シカゴからセントルイスへ
PHOTOS BY HIROSHI OTOMO
プロフィール
大友博(おおともひろし)
1953年東京生まれ。
早大卒。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。
雑誌への寄稿、ライナーの執筆などと並行して、音楽番組の構成も手がける。

共著に「この50枚から始めるロック入門 (中公新書ラクレ)
大友博(おおともひろし)
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VOL.1 GREETINGSFROMTHEOLDHIGHWAY
旅が好きだ。時間に縛られず気の向くまま、といいたいところだが、それは無理だとしても、できればひとりで、細かいスケジュールなど決めずに街から街へ。無機質なフリーウェイはなるべく使わないようにして、そこに暮らす人たちの顔が見えるオールド・ハイウェイを行く。
そんな旅が好きだ。
実際、そのようにして何度かアメリカ大陸を走ってきた。
キーワードは、もちろん音楽。ルート66、ハイウェイ61、ハイウェイ49、パシフィック・コースト・ハイウェイ、国道2号線。
たとえばそういった、名前を耳にするだけで歌を思い浮かべてしまうようなアメリカの街道を走り、スモールタウンのモーテルに泊まり、地元の人たちで賑わうカフェやレストランで食事をとる。質屋やアンティーク・ショップを目にしたら、車を停め、おんぼろのギターを弾かせてもらう。とくに誰かに会うというわけではない。ただ、ただ、街道を行くだけの旅。でも、そんな毎日をつづけるうちに、風や街のざわめきのなかから音楽が聞こえてくる。
歌が浮かび上がってくる
photo1、2
アンティーク・ショップに立ち寄るのも、旧道を行く旅の楽しみのひとつ。買ったとしても、持って帰れないものがほとんどだが。
ニューメキシコ州トゥクマカリのブルー・スワロウ・モーテル。トゥクマカリはリトル・フィートの名曲「ウィリン」にも登場する街。
ルート66 ~4000キロの旧道を行く旅~
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アリゾナ州西部ではほとんど信号のない道を150キロほど走ることになる。その荒涼とした土地で仙人のように暮らす男の庭に置かれていた車。
優劣はつけ難いが、とりわけ印象に残っているのは、10年ほど前、ルート66を走破した旅だ。
シカゴからサンタモニカまで、今は使命を終えて静かに横たわる約4000キロの旧道を行く旅は、アメリカを知る旅でもあった。なぜあの大地からたくさんの素晴らしい歌が生まれたのか?ロックやブルースの歴史をつくり上げた男たちはあの大地を行く旅のなかからなにを学んだのか?なにが彼らに永遠の歌を書かせたのか?
それまで、漠然と、断片的な知識としてしか知らなかったことを、身体で知る旅でもあった。
北の街シカゴは、ブルースの聖地。ミシシッピ・デルタで生まれたブルースという音楽が、都市化され、のちにロックの時代へと橋渡しされていく。その過程で計り知れないほど重要な役割をはたした土地である。ルート66の最初のパート、シカゴからセントルイスまでの道は、かつて、マディ・ウォーターズやハウリン・ウルフらが南部からの北上のために使った道でもあるのだ。
ジャズの聖地でもあるセントルイスは西部の入り口。ここからいよいよ本格的なルート66の旅がはじまる。ミズーリ、カンザス、オクラホマ、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナ、そしてカリフォルニア。アメリカの歴史やそこで繰り広げられたさまざまな事件に想いを馳せながら、ひたすら西に向かって車を走らせ、フロントガラスの向こうに広がる空が茜色に染まったら、そのあたりの街で宿をとる。いい旅だった。
photo4ミズーリ州キューバのワゴン・ホイール・モーテル。10年前は一泊20ドル前後だった。
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ニューメキシコの大地を貫いて、地平線までまっすぐに伸びるオールド・ハイウェイ。この感覚が忘れられず、また旅に出る。
「怒りの葡萄」の舞台でもあるオクラホマでは、ハンク・ウィリアムスやウッディ・ガスリーの歌が心にしみた。J.J.ケイルとレオン・ラッセルが青春時代を過ごしたタルサで飲んだバーボンの味が忘れられない。テキサス州北部のパンハンドル地帯では、スプリングスティーンが歌ったキャデラック・ランチで愉快な時を過ごした。ニューメキシコのアルバカーキは、ずっと追いかけてきたニール・ヤングが歌にしている。
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旧道沿いではゴースト・タウンをしばしば目にする。スピート優先のフリーウェイが昔ながらのスモールタウンを時代の外に追いやっていく。
カナダから西海岸を目指して中古の霊柩車を運転してきたニールも、もちろん、ルート66を走ったのだろう。アリゾナのウィンズロウは、イーグルスとジャクソン・ブラウンが「テイク・イット・イージー」で「街角に立っていたら」と歌った街。LAのダウンタウンからハリウッドを抜け、サンタモニカに向かう最後のパートは、いうまでもなく、60年代半ば以降のロックの歴史そのものと重なるエリアだ。
旅を終えるといつも、また少しロックやブルースのことが理解できたような気になる。実際、そうなのだろう。
今回は初回のご挨拶ということで、やや観念的な内容になってしまったが、次回からはより具体的に、ギターを衝動買いしてしまったエピソードなども交えつつ、旅と音楽を語っていきたいと思う。
コラムで紹介した音楽