インタビュー

Living with Martin Guitar vol.7

リビング・ウィズ・マーティンギター

小林 洋平

『GAKKIソムリエ』のオリジナル企画、【Living with Martin Guitar】は、マーティン・ユーザーのギターライフを語ってもらうインタビュー・コーナー。音楽とギターとの出会い、マーティン・ギターの魅力、そして日々の生活におけるマーティン・ギターの存在・・・。憧れのマーティンを手にした喜びをインタビュー!

 今回ご登場いただいた小林洋平さんは、アメリカン・モダン・フォークをはじめとするアメリカ文化全般に強く影響を受け、同じくマーティン・ギターにも強いこだわりを持っている。そのギター・ライフをサポートする御茶ノ水のウッドマンの赤井寛隆さんにも同席していただき、マーティン・ギターへの強い思いを語っていただいた。

 "あなたにとってマーティン・ギターはどんな存在ですか?"

_MG_6028-6.jpg(写真左より赤井寛隆さんと小林洋平さん)

僕のファウンデーションになっているのがアメリカ文化なんです

ー小林さんが音楽に目覚めたきっかけは?

小林:僕が一番影響を受けたのは、高校生の頃のアメリカン・モダン・フォーク・ブームです。ブラザーズ・フォーとかピーター・ポール&マリー(PP&M)、ルーフトップ・シンガーズなどいろんなグループがいたんですけど、その中でも特にキングストン・トリオに完全にやられちゃったんですね。それから70歳になる現在までずっと好きなんです。今になって現地アメリカに行ったりして歌詞の意味がわかるとさらに感動しています。長く楽しめますよね(笑)。

ーかなり大きな影響を受けたんですね。

小林:大学に入ってすぐにフォークソング・クラブに入ってキングストン・トリオを組もうと思ったんですが、同じくクラブに入った一年生の中にすごく可愛い女の子がいて、PP&Mを組むことにしちゃったんです(笑)。

ーよくある話ですね(笑)。

小林:マリー役の女性は短大生だったので一年ぐらいで辞めてしまい、それから本格的にキングストン・トリオに取り組み始めたんです。当時はフォークソング・クラブの人数も多くて、ニッポン放送で佐良直美さんが司会をしていた『バイタリス・フォーク・ビレッジ』や、TBSの『ヤング720』、森山良子さんが司会のラジオ関東の『キョーリン・フォーク・カプセル』や、当時の学生フォーク・コンサート『スチューデント・フェスティバル』、『アップタウン・ジャンボリー』に出演したこともありました。

ー社会人になってからもバンドは続けてこられたんですか?

小林:はい、現在も続けています。僕の大学のフォークソング・クラブは少人数バンドの他に、ザ・ニュー・クリスティー・ ミンストレルズ(アメリカの10人編成のフォークバンド)に倣った大人数で歌えるバンドを組んで、今でも20人ぐらいのメンバーが集まって演奏していますよ。みんなおじいさんやおばあさんですけどね(笑)。  

ー50年近く経ってもバンドを続けているのはすごいですね!

小林:クラブのメンバーもいろんな事情があるだろうけど、コンディションが良くなるとみんなが集まれるのは、音楽イコール人間関係が今まで続いてきたことがコアになっているんだと思いますね。  

ーどんな会場で演奏しているのですか?

小林:大学のクラブのOBとOGが中心になって年に一回開催しているアメリカン・フォークのコンサートに参加しています。あとはいろんなライブハウスに出演しています。  

ーその年一回のコンサートは規模も大きいのでは?

小林:去年の11月には、大学の第1期から現役の後輩たちも含めて140名以上が参加して、日比谷の日本プレスセンターでコンサートを行いました。とても盛大でしたよ。  

ーアメリカン・モダン・フォーク以外には、日本の音楽には興味はなかったのですか?

小林:その当時に活躍されていたモダンフォークカルテット(マイク真木、麻田浩、重見康一、吉田勝宣によるカレッジ・フォークの人気バンド)や、僕が高校生の頃に慶応志木高校にものすごく上手いキングストン・トリオのコピーバンドがいて、それが後のニュー・フロンティアーズ(瀬戸龍介、吉川忠英、森田玄らによるフォーク・グループ。後にイーストとして全米デビューを果たした)です。だけど特に僕のファウンデーションになっているのがアメリカ文化なんですよ。若い頃からアメリカのルート66を結ぶ旅をして、去年ようやく全てを繋げることができたんです。ルート66沿いの鄙びた街には古いアメリカ文化が残っていたので、素晴らしい経験をしました。幼い頃からアメリカに恋い焦がれてすごく好きになったんです。その中でもアメリカン・モダン・フォークが僕のベースになっていて、彼らが弾いていたマーティン・ギターにも憧れてきたんです。

ーそこまで強くアメリカ文化に惹きつけられたきっかけは?

小林:父がアメリカに関係した会社に勤務していたこともあり、私自身も最初に入ったのが100%アメリカ資本の会社だったんです。ですから若い頃からアメリカ本土には何度も行きましたし、僕にはとても身近な国なんです。幼い頃にラジオ放送のFENを聴いてアメリカを知り、小・中学生の頃にアメリカ・ドラマの『ハイウェイ・パトロール』や『ルート66』を見て育ったベビーブーマーなんです。アメリカの文化や音楽に共感したことが僕の人生観だと思います。

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マーティンって良いとか悪いとか以前に、ギターのベンチマーク(指標)ですからね  

ー小林さんが最初に入手したギターは?

小林:キングストン・トリオに憧れていたので本当はマーティンのD-28が欲しかったんですけど、高校生の頃でお金がなくてマスターのギターを買いました。  

ーマーティン・ギターの存在を初めて知ったのはいつ頃でしたか?

小林:高校生の頃でやっぱりキングストン・トリオがきっかけでしたね。「グリーン・バック・ダラー」という、ミュートしたロー・コードのEmで始まる曲があるんです。国産ギターだとどうしてもこの音が出なくてね。この音が出せるのはやっぱりマーティンだったんですね。  

ー低音の響きが全然違うということですか?

小林:そうですね、初めてD-28を弾いた時に"これだよな"って、マーティンに惚れ直したんです(笑)。  

ー初めてマーティン・ギターを入手したのはいつ頃ですか?

小林:意外と遅くて就職してからです。最初のボーナスが出て、当時マーティンをたくさん持っていた先輩からD-35を安く譲っていただいたんです。本当はD-28が欲しかったんですけど、最初のマーティンを手に入れた時は嬉しかったですよ。  

ーでもD-35とD-28では音のキャラクターもだいぶ異なりますよね?

小林:僕はキングストン・トリオのボブ・シェーンのパートを担当していたから、絶対にD-28じゃなきゃダメだったんです。特にネックのボリュートがなくちゃ話にならんなって(笑)。 持った時に手でボリュートを感じるじゃないですか?あれがいいなって(笑)。それでウッドマンさんで最初にD-28を購入したんです。  

ーそれはレギュラー・モデルですか?

小林:カスタムショップ製のイングルマン・スプルース・トップのD-28です。

赤井:黒澤楽器店さんが企画したJPカスタムですね。小林さんが購入されたのは99年から00年頃で、チューナーをグローバー102Cに交換したんですよ。  

ーそうするとD-28を入手するまで結構な期間がありますよね?

小林:実は知り合いからD-28をお借りしていた時期があったんですよ。トップが黄色いジャーマン(スプルース)に憧れていたんだけど、なかなか予算に合うものがなくて。そしたらイングルマンで好みの色があったので購入したんです。

ーそれからはマーティン一筋ですか?

小林:ギブソンやギルドも購入しましたけど、やっぱりマーティンが多いですね。マーティンって良いとか悪いとか以前に、ギターのベンチマーク(指標)ですからね。僕は車も好きだし、飛行機にしてもそうだけど、ベンチマークってのは絶対的なステータスなんですよ。僕にとってはマーティンは絶対的なものであって、弾いているだけで心がウキウキするのが魅力なんです。特にブラジリアン・ローズウッドのギターはサウンドホールからものすごく良い匂いがするんだよね。香木ですからね、ある意味。僕もマーティンは随分な本数を持っていますけど、弾くだけじゃなくて、飾ってそれを肴に酒を飲むのが楽しみでね(笑)。  

ーそういう楽しみ方をされる人は多いようですよ。

小林:チューニングして何曲か弾くと、今度は次のギターにいっちゃってね(笑)。ギターの本数も増えたので、いつでも湿度と温度を管理できるギター専用の部屋を作ったんです。冬の時期はその部屋が寒くてね、人間にとってはコンディションが悪いんだよ(笑)。

赤井:小林さんはケースにもナンバリングしたタグを付けていて、保管の仕方も繊細なんですよ。

IMG_5892.jpgハードケースに付けているタグの赤いストライプは、パイロットが肩に付けている徽章に倣ったもの。気に入っている順にストライプの数を多く入れており、このタグには4本付いているので、小林さんのとてもお気に入りのギターであることがわかる。

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マーティンの作り方ってアメリカ的で個性があって好きなんだよね  

ー今回メインで紹介させていただくD-45はどのような所が気に入ったのですか?

小林:これはね、バックとサイドがブラジリアンで、トップがアディロンダックで、ずっと探していたんです。特にブリッジ・ピンがゴールデン・エラのものでこれもポイントです。  

ーD-45ですから、やっぱり音が煌びやかですね。

小林:そうだね。特にこれは材が材だけにキラキラした感じがありますよね。以前にD-41のヴィンテージを集めた時期があったんですが、D-41とD-45との差ってものすごくあるんですよね。  

ー例えば、その両者にはトーンにどんな違いがあるんですか?

小林:もちろん材による違いはあるんですけど、D-41の方が音が明るくて軽やかな気がするね。

赤井:D-45の方はさらに煌びやかですよね。

小林:そうだね。よく鈴鳴りっていうけど、60年代後半のD-45は鈴鳴りとは違う気がする。

赤井:小林さんがおっしゃっているのは、おそらくさらに芯が太くて音の音の分離感があるということでしょうね。だから鈴鳴りと一括りにしちゃうのは違う気がしますね。一音一音の主張が強いから、玄人好みだと思います。上手い人が弾けばすごいけど、ミストーンが目立つからごまかしが効かないところがありますよね。

小林:これはなかなか手に入らないギターですね。本当は69年の丸いヘッドでブラジリアンのD-45が欲しいんだけど、そこにも一本あるけど値段的になかなかね...(笑)。  

ー現在のマーティンの品質はいかがですか?

赤井:僕がカスタムオーダー・ツアーなどで定期的にマーティンの工場に行って感じるのは、今のマーティンはクオリティ・コントロールがしっかりしていると思います。だから製品の当たり外れがないわけですよ。それでいてハンドメイドでしか作れないところはしっかりと残していますからね。もちろん最終チェックはベテランのスタッフがやっていますし、人がやるところと機械がやるところをきちんと精査して行なっている姿勢がマーティンがファンを離さない理由の一つだと思いますね。

小林:60年代後半のヘッドの角が丸くなっているのも、本当かどうかわからないけど、当時の職人さんが間違えて加工したとか言われているでしょ? でもそういうマーティンの作り方ってアメリカ的で個性があって好きなんだよね。本当に稀に、カタログ・スペックにはないイレギュラーな材を使ったレアなマーティンに出会った時の感激は一塩です。別の70年製のD-28をウッドマンさんでヘッドの角を丸く加工してもらったこともありますよ(笑)。それぐらいあのヘッドが好きなんだよね。

赤井:小林さんの楽器や物作りに対しての探究心は本当にすごくて、楽器屋の僕も頭が下がりますよ(笑)。

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僕にとってマーティンを手に入れるには、それに見合うことをしないといけない  

ー小林さんの年代ですと、若い頃はマーティンのギターを実際に見る機会も滅多になかったんですよね?

小林:もちろんですよ! 手に入るようなものじゃなかったですよ、素人には。今でも覚えているけど、東京オリンピックが開催された1964年で、D-28が28万円、D-35が35万円、D-45が45万円...。ちょうど型番と同じぐらいの値段だったわけ。当時ではすごい値段でしたからね! 先ほどのニュー・フロンティアーズの瀬戸龍介さんがD-28を持っていて、学生時代に弾かせてもらったんです。初めてD-28を弾いた時の音と感触は、50年近く前なのに今でも新鮮に覚えているよ! それぐらいインパクトが強いものでしたよ、マーティンってのものは。車も乗った時の香りとかアクセルの踏み心地や加速感が違うじゃないですか。それと同じように、ギターも五感から得られる素晴らしさって、音だけじゃないんですよ。それが醍醐味なんだよね、特にマーティンの場合はね。

ーでは最後に小林さんにとってマーティン・ギターはどんな存在ですか?

小林:もうだいぶ語っちゃったよね(笑)。特にマーティンっていうのは、普通だと我々が持つことができない楽器だったんですよ。ですから自分にとってひとつの励みになっていました。マーティンを手に入れるために、ここまで仕事をやらないとダメだとか、会社のコンディションをここまで上げないといけない、とかね。僕にとってマーティンを手に入れるには、それに見合うことをしないといけないということですね。例えば盆栽も何十年あるいは100年近くかけて丹精込めて育てているものでしょ。それをただ盆栽が好きだという人に無料で差し上げるようなことはしないそうですよ。その物の価値をわかっている人に、ふさわしい価値で譲らないと、譲られた側もそれだけの物を入手したという価値観を重視しないというんです。この話を聞いてとても共感したんですよ。僕にとってもマーティンは価値があって大切にしているものなんです。ただ高価なものを買うだけではなくて、それを僕の次の世代までずっと良いコンディションで保って、それを本当に欲する方に引き継いでいくことが、ちゃんとした歴代のマニアの生き方だと思うのね。特にマーティンはそういう位置付けのものだと僕は思っています。

小林洋平:1948年生まれ・神奈川県在住/東京都出身。幼い頃からアメリカ文化に親しみ、中学生の頃にキングストン・トリオをFENで聞いてアメリカン・フォークに目覚める。現在は電子機器の開発設計会社を経営する傍ら、大学時代に結成したキングストン・トリオのカバー・バンドで現在もライブ活動を行っている。

Martin_Guitar_Layout_7.jpg アディロンダック・スプルース・トップ、さらに当時でもすでに貴重だったブラジリアン・ローズウッドをサイド&バックに使用した2003年製のカスタムショップ・モデル。ブリッジ・ピンも貴重な象牙製で、チューナーは60年代後半から70年代にかけて使用されていた、通称"ミルク・ボトル・スタイル"と呼ばれる、ヴィンテージ・タイプのグローバーに交換されている。D-45らしいコードでの煌びやかさと、締まりのあるベース・トーン、音の分離感の良さなど、小林さんが所有するカスタムショップ・モデルの中でも特にお気に入りの一本。

D45_70_MG_6012.jpg小林さんのフェイバリットの一本である1970年製D-45。仕様変更された初年度のモデルで、ノンスキャロップ・ブレイシングのローズウッド・ラージ・ブリッジプレートで、作り込みは60年代後半とほぼ同じとのこと。ジャーマン・スプルース・トップもノー・クラックで非常にコンディションの良い一本。

_MG_6019.jpg小林さんのお気に入りのカスタムショップ製D-28。キングストン・トリオのボブ・シェーンのD-28に憧れてピックガードを写真を見ながら採寸して自作したという、小林さんのこだわりが詰まったギター。

<取材協力ショップ>ウッドマン

〒101-0052 東京都千代田区神田小川町2-10 宇野ビル2F Tel.03-5283-3422

http://www.woodman.co.jp/

 アメリカのギターショウから直接買い付けたアコースティック・ギターをはじめ、バンジョー、マンドリン、ウクレレ、スティールギターなどを幅広く取り扱っている。マーティンはヴィンテージの他、現行モデルやカスタムショップ・モデルも充実している。マーティン工場でのカスタムオーダー・ツアーにも定期的に参加しており、店頭でのオーダー受付も行っている。

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