インタビュー

Living with Martin Guitar Vol.15

リビング・ウィズ・マーティンギター

大澤 清隆

『GAKKIソムリエ』のオリジナル企画、【Living with Martin Guitar】は、マーティン・ユーザーのギターライフを語ってもらうインタビュー・コーナー。音楽とギターとの出会い、マーティン・ギターの魅力、そして日々の生活におけるマーティン・ギターの存在・・・。憧れのマーティンを手にした喜びをインタビュー!

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 今回ご登場いただいたのは、青森県八戸市にお住いの大澤清隆さん。地元の食品会社に勤務する傍ら、八戸を中心にライヴ活動を長年継続している。この度、ギターを持って50年になるのをきっかけに自身初となるオリジナル・アルバムをリリースした。そんな大澤さんの音楽活動を支えるグルーヴィン楽器の水江淳店長と共にお話を伺った。

"あなたにとってマーティン・ギターはどんな存在ですか?"

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写真左より、大澤清隆さん、グルーヴィン楽器 水江淳店長

14歳の時から僕のギターの歴史が始まった感じです

ー音楽に目覚めたきっかけは?

大澤:ボブ・ディランですね。中学2年の時に、友達がガットギターを持って遊びに来て、それを忘れていったんです。それを弾き始めたことが、僕のギターとの最初の取っ掛かりなんですね。それからどっぷりハマりまして、14歳の時から僕のギターの歴史が始まった感じです。「風に吹かれて」やピーター、ポール&マリー、ジョーン・バエズ、エリック・アンダーソンとか、アメリカン・フォークを中心に演奏するようになりました。

ー八戸ですと米軍三沢基地が近いですよね?

大澤:三沢が近いのでFEN(現AFN)で外国の音楽を聴き始めるんですよ。だから八戸は音楽が盛んで、音楽のレベルも高いんですよ。MJQ(マンハッタン・ジャズ・クインテッド)のデイヴ・マシューズさんも最近まで八戸に住んでいて、地元のミュージシャンとバンドを組んで演奏してたんですよ。

ーご自身で最初に買ったギターは?

大澤:ヤマハのガットギターでしたね。中学3年から高校に入学する間ぐらいで、5,000円だったと記憶しています。そしてすぐにフォークギターを弾きたくなって、高校生になってからカワイのウエスタン・ギターを質屋で買ったんですよ。

ーご自身のギターで演奏していたのは、どんな音楽でしたか?

大澤:先ほどのギターを忘れていった友達がアメリカ留学から帰ってきて、「アメリカでは若者たちが普通にオリジナル曲を書いているんだよ。既成の曲を歌うよりオリジナル曲が新鮮で魅力的に聞こえた」って教えてくれたんですよ。その時は「そうなんだ」ぐらいにしか思ってなかったんですけど。その彼が自分で曲を作り始めて、お前も作れってことになって。でもどうやって作ったらいいかわからなかったんで、なんとなく詞を書いてみたりとかしたんですが、高校生の時に高石ともやさんが来日したアメリカンフオークの大御所ピート・シーガーさん(だったと記憶していますが)から「なんで自分たちの言葉で、自分たちのことを歌わないのか?」と言われたという雑誌の記事を読んだんです。「あっ、やっぱりそういうものなんだ!」って、それから自分で曲を書き始めたんです。ですから高校の文化祭ではオリジナル曲を歌ってましたね。

ー音楽が盛んな八戸でも、高校生でオリジナルを作っていたのは結構早いですよね?

大澤:そうですね。周りはやっぱりコピーをしている人達の方が多かったので。だからその友達がアメリカのことを教えてくれなかったら、ここまで本気にはならなかったですね。

ーその頃のオリジナルはどんなスタイルの楽曲でしたか?

大澤:弾き語りでブルースっぽい曲とか、割と綺麗な感じの曲もありましたね。その当時は女の子二人のコーラスと一緒に3人で演奏したりもしました。

ー高校生当時はマーティン・ギターの存在はご存知でしたか?

大澤:もちろん知っていました。やっぱりボブ・ディランがきっかけで、彼が持っていたギターのロゴが気になって、知り合いにマーティンだってことを教えてもらいました。かつて八戸に文明堂っていうレコード屋さんがあって、その二階に楽器が置いてあって。こちら(グルーヴィン楽器)の戸川社長が当時そこの店員さんで、たまに楽器を見に行ったりしていたんです。だからマーティンは知っていたけど、高嶺の花じゃないですか。1ドルが360円の時代ですからね。高校生では手にできるものじゃないって思っていました。それから京都の大学に入学した時に、初めてマーティンを触りましたね。

ー京都もかなり音楽が盛んですよね?

大澤:とにかく濃すぎて、すべてのジャンルが揃っているからなんでもやれるんですよ。だからいろんな音楽をかじりましたね。

ー若い頃に数多くの音楽コンテストで入賞されたそうですが、プロ・デビューのチャンスもあったのでは?

大澤:大学時代と大学出てからの時期でしたね。プロになる話もありましたけど、自分はそれだけの才能はないと思ってましたし、それほど光っていなかったと思うんですよ。大学を卒業してからの方が、しっかりと自分の曲を作りたいという思いと、音楽を続けていきたいという思いが強くなりました。その頃作った曲はいまでも歌えますね。

ー曲作りをさらに真剣に取り組むようになって、目標としていたミュージシャンはいましたか?

大澤:そうですね...。詞はやっぱりボブ・ディランですよね。でもあの詞はあのメロディだからカッコいいんであって、日本語だとそんなに乗らなかったりするじゃないですか。そうするとやっぱり日本語のリズムに会うメロディって絶対あるだろうなって思って。あとは日本人だから伝わる、日本古来の慣れ親しんだメロディもあるだろうし、そういうのを採り入れながらやったらどうだろうなって思っていましたね。

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嫁さんをもらう前にマーティンのD-35を買っちゃって(笑)

ー大学を卒業されてからはどのような生活を?

大澤:在学中に陶芸に目覚めて、陶芸家になりたいって考えていたんですが、家庭の事情もあって23歳の時に八戸に戻ったんです。地元で陶芸の教室を開いたりとかしましたけど、とにかく食えないわけですよ。しかも嫁さんをもらう前にマーティンのD-35をローンで買っちゃって(笑)。だから今でも嫁さんから「あんたは借金を持って結婚したわね」って言われるんです(笑)。

ーそれが大澤さんにとって初のマーティン・ギターですね?

大澤:そのD-35が77年製なので、25歳の時です。先ほどの戸川さんからマーティンが入荷したって連絡があって、見に行ったらもう買うしかないなって(笑)。最初はD-28を買おうと思ったんですけど、D-35を弾いてみたらバランスが良かったんですよね、僕にとっては。何にでも合うような気がして。それを持ってからとにかく弾いて弾いてって感じで。そのD-35があるからこそできた曲もあるし。

ー今まで使ってきたアコギと比べて、そのD-35はどんな違いを感じましたか?

大澤:体に感じる鳴りですね。それと低音と高音がすごく綺麗にバランス良く鳴ってくれて。ローコードでもハイコードでもビビりもなくいい音で"シャリン、シャリン"って出てくれる。"コレがマーティンなんだ!"って思いました。

ー大澤さんはハイトーンで澄んだ歌声ですが、ギターのトーンとの相性も感じましたか?

大澤:いや、その当時はそんなに自分でも自分の声をあまり認識していなくて。逆にいまの方があっているんじゃないかなって思っています。でもD-35の音はすごく歌いやすかったですね。自分にとっては綺麗な音で、なんでもできるギターだったのかなぁ。

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写真左より、大澤さんの長年の音楽仲間であり、大澤さんのオリジナル・アルバムにもギターで参加した土橋繁樹さんと大澤さん

マーティンは曲想を膨らましてくれる楽器だと思うんです

ーもう一本のD-41を入手したきっかけは?

大澤:D-35もいいけど、もっと違う響きのギターが欲しいなって思っていたんです。D-41は11年前に購入したんですけど。グルーヴィン楽器の水江さんからD-41が入荷したって連絡があって、弾かせてもらったんです。いいなとは思ったけど、その鳴りにちょっと違和感があったんです。そしたら水江さんが別のD-41を取り寄せてくれて、そっちの方が良くて購入したんです。別のブランドのギターも試してみたんですけど、D-41を弾いたら、"やっぱり僕にはマーティンの方が合うな"って思ったんですよね。

水江:店舗のリニューアルでのマーティン・フェアの時だったと思いますが、お持ちのD-35と使い分けられるアコギが欲しいとのお話でした。いろいろなメーカーを弾き比べていただいた中から、D-41を気に入っていただきました。ただ、どうも音量のバランスが気になるという事でしたので、メーカーストックから何本か送ってもらって、お選びいただいたのが、現在の1本です。

ー歌い手から見たマーティンの魅力とは?

大澤:マーティンは曲を作る時に曲想を膨らましてくれる楽器だと思うんですよね。いろんな音を想像させてくれて、それは鳴っている音だけではなくて、ボアンと自分の体にくる音...。倍音ってあるじゃないですか? 直線的ではなくてそういう広がりのあるギターなのかなって思います。

ーこの度、初のオリジナルアルバム『行けるところまで』をリリースしますね。

大澤:15年ぐらい前に「いかの町 はちのへ」(大澤さんをはじめとする地元のミュージシャンで結成されたユニット「ほろほろ」による街おこしソング)のCDは出してますし、デモテープとかも作ったことはありましたけど、本格的にレコーディングしたのは初めてです。去年が64歳だったので、14歳でギターを持ってからちょうど50年だったんです。自分の歴史の半世紀をギターで、しかも音楽仲間と一緒にやってこれた。これは記録に残した方が後々になって僕も嬉しいし、仲間も今までやってきたことを留めてくれるし、50年っていう一つの長い歴史が形になったら嬉しいなって思ったんです。ありがたいのは、地元の劇団の方々や八戸の灯台守りのご夫婦とか沢山の方々が僕をバックアップしてくれたんです。こんなCDを出せるのは僕だけの力じゃなくて、本当にありがたい仲間の後押しがあったからです。そういう人たちに、ここまできましたっていう恩返しをしたかったんです。地元のスタジオでレコーディングしたんですが、時間がかかりましたね。参加してくれた音楽仲間も仕事が終わってからとか、休みの日に集まって半年がかりで作りました。一人ずつ録っていくのでヘヴィでしたけど、とにかく本気でやりました。

ー最後に、大澤さんにとってマーティン・ギターはどんな存在ですか?

大澤:これからあと何年歌っていられるか分からないけど、やっぱりマーティンがあれば、他のギターを持とうとは思わない存在なんですよね。もし80歳まで歌えたら、このマーティンと一緒に歌っていきたいなっていう相棒だと思っています。

大澤 清隆:1953年生まれ・青森県出身。食品加工会社勤務。14歳でギターを始め、ボブ・ディランなどの影響で高校生の頃からオリジナル曲を作り始める。20代の頃には様々な音楽コンテストに入賞するも、八戸に戻って就職、地元をベースに音楽活動を続ける。

Martin_Guitar_Layout_15-2.jpgMARTIN D-35 1977:大澤さんが25歳の頃に入手したD-35。当時の新品で購入して以来40年近く愛用している、大澤さんの相棒とも言える存在のギター。60年代のブラジル政府の環境保護政策により丸太状態のブラジリアン・ローズウッドの確保が困難となり、当時のマーティン社が材料の節約のために3ピース・バックを採用したのが、D-35が1965年に誕生した背景である。1970年にはサイド/バック材がインディアン・ローズウッドへと変更された。D-28と比べて繊細なトーンが特徴と言われるD-35だが、大澤さんにとってはオールマイティに使えるギターという印象が決め手となったそうだ。このギターはバンド・アンサンブルで使用することが多いそうだ。

Martin_Guitar_Layout_15-1_.jpgMARTIN D-41 2006:D-35とは異なるトーンのギターを探していたところに、グルーヴィン楽器の水江店長からの連絡がきっかけとなり入手したスタンダード・シリーズのD-41。2本のD-41を弾き比べて厳選した1本。D-45の姉妹モデルとして1969年に登場したD-41。D-45の華やかな装飾を採用しつつも、D-45よりも入手しやすい価格というコンセプトの元に誕生したのがD-41である。D-45のような音の煌びやかさは控えめで、D-28との中間のようなトーン・キャラクターとも言えるモデル。大澤さんの声質にもマッチしているそうで、弾き語りで使用することが多いとのこと。

2018OK_CD (3).jpg『行けるところまで』 大澤清隆
OSKT180801 
2018年10月17日発売
2,500円(税抜)

 今回のインタビューにご登場いただいた、地元・八戸を拠点に活動するシンガーソングライター 大澤清隆さんの自身初となるオリジナル・アルバム。ディスク1はアコギやピアノをフィーチャーしたアコースティック・バージョン、ディスク2は同じく八戸で活動する音楽ユニット「ほろほろ」や、Power Station A7のマスターで八戸音楽界を引っ張ってきた古川明彦率いる「Master's Band」のメンバーが参加したバンド・バージョンという2枚組である。大澤さんが14歳の時に初めてギターを手にしてから50年が経ったことをきっかけに制作されたアルバムで、20代の頃に書いた曲など、自身の半世紀を総括した選曲となっている。日本語のリズムや表現にこだわった歌詞と親しみやすいメロディを、力強くも澄んだヴォーカルで歌い上げている。一人旅で出会った情景を描いた「風の通り道」、人生の歩みを綴ったタイトル曲「行けるところまで」、八戸の音楽仲間達と参加したコンテストで演奏した「So long baby」といった20~30代の頃の楽曲からは瑞々しい魅力に溢れている。その一方で、青森の南部地方ならではの春の嵐を意味する「彼岸じゃらく」や、八戸の演劇家による一人芝居からインスピレーションを得た「海村」(かいそん)では、八戸に根ざした事象を歌で表現。その他、甘く切ないラヴソングや親しい人との別れを描いた曲、親交の長い八戸のミュージシャン達との共作による全16曲を収録。青森県のレコードショップを中心に販売中。
 
<取材協力ショップ>
グルーヴィン楽器
〒031-0075 青森県八戸市内丸1-2-17 豊山マンション1F
TEL.0178-22-1065
http://www.groovin.jp

IMG_8812.jpg 1980年のオープン以来、地域密着型の楽器店としてギター/ベース、ドラム、電子ピアノ、管楽器、和楽器、楽譜などを販売する総合楽器店。練習スタジオと音楽教室も隣接しており、楽器初心者から熟練者まで幅広くサポートしている。マーティンは新品から中古まで6~10本を取り揃えており、ユーザーの要望に叶ったモデルをより良い状態で渡せるよう、時には数本からの弾き比べ、店舗での細かい調整に加えて、購入後も季節の変り目などに定期の点検や調整の呼びかけを行なっている。年に数回、店舗でのセールを催し2016年には『MARTIN GUITAR SHOW/Rebirth Tourin八戸』を開催、斎藤誠のライヴをはじめ、日頃お目にかかれないレアなマーティン・ギターを展示・販売した。

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Interview by TOSHIHIRO KAKUTA

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MARTIN D-35

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2019年9月号

定価1,620円(本体1,500円)A4判

2019年8月2日(金)発売

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